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南アフリカワインの歴史(2)世界に翻弄される南アフリカワイン(by AI)
 

南アフリカのワインの発展は、まさに世界に振り回された南アフリカの歴史でもあります。

19世紀に入り、南アフリカワインは盛んにヨーロッパへ輸出されるようになりました。 この背景には、ケープタウンの植民地化が背景にあります。 19世紀後半、ケープタウンはイギリスの植民地となりました。 当時、フランスワインはナポレオン戦争により敵対する各国への輸出ができなくなりました。



フランスワインが輸入できなくなったイギリスは、南アフリカワインの輸入に目を付けます。 このイギリスとフランスの戦争は、生産量が10倍となるほど南アフリカワインに繁栄と発展をもたらしました。

ところが、両国間の戦争が終焉すると、イギリスは再びフランスからワインを輸入するようになります。 さらにフィロキセラ害(ブドウの生育に害を及ぼす昆虫による被害)が広がり、多大な被害を及ぼしました。 1900年にはいり、フィロキセラ害が落ち着きを見せ始めました。

そこで南アフリカワインは、生産しやすいぶどうの生産を始めます。これにより生産過剰時代を迎えることとなります。 この生産過剰を止めるために誕生したのが「KWV」南アフリカぶどう栽培協同組合)です。

当時南アフリカはイギリスの植民地であり、労働者はただ同然の値段で働かされていましたが、このKWV発足により、ぶどうの最低価格の設定し、栽培農家を守ることに成功しました。

1925年にはピノノワールとサンソーを交配し、南アフリカ独自の品種ピノタージュが開発に成功しました。これを皮切りに、南アフリカワインは独特の風味とうまみをもつ世界からも認められたワイン生産国となります。

しかし、1980年、南アフリカは、アパルトヘイト政策の反対により世界から経済制裁をうけることとなります。同時に南アフリカワインも輸出は低迷しました。

1991年.南アフリカは記念すべき年を迎えます。アパルトヘイトは撤廃され、長年にわたる白人の支配から解き放たれました。

そして1994年ネルソン・マンデラが大統領に就任しました。

南アフリカはさらに世界に羽ばたくこととなります。

民主化が進み、多くのワイン醸造家が、海外でのワイン生産の経験を積むことができるようになりました。そして彼らは帰国後南アフリカワインの品質向上に大きな貢献を果たしたのです。

こうして南アフリカは世界に翻弄されながらも、力強く発展、世界に広まっていったのです。
 
 
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南アフリカワイン通販のアフリカー
小泉貴恵 & 小泉俊幸
南アフリカワインを愛する店主ソムリエ小泉俊幸と妻の貴恵が運営するワインショップ。夫婦で世界40か国を旅した元バックパッカー。アフリカは、半年間かけて縦断し、キャンプをしながら南アフリカワインを飲みまくる。そして店長の小泉俊幸は、2013年から海外向け中古車販売会社へ就職し、南部アフリカのマーケティングを担当。2015年、同社を退職。副店長の小泉貴恵は、2005年頃ワインに目覚め、スクールでワインを学ぶなど根っからのワイン好きになる。
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